仕事と健康

健康に働くためのヒント

不眠対策

不眠症は一般的ですが、しばしば診断されず、十分に治療されない状態です。それは睡眠の開始や維持に関する問題を伴い、日中の機能への重大な影響を及ぼす可能性があります。不眠症の治療には、非薬理学的介入(睡眠衛生の改善、認知行動療法)と薬理学的療法(睡眠薬やその他の医薬品)の両方が含まれます。治療は、患者の好み、目標、および他の臨床的特徴に基づいて個別に調整されるべきです。非薬理学的介入には、認知行動療法(CBT-I)や簡易行動療法(BBT-I)が含まれます。これらは、患者が不眠症を引き起こしたり悪化させたりする習慣や行動を特定し、それらを睡眠を促進する習慣や行動に置き換えるのを助けます。これらの方法の基本原則には、患者がベッドを睡眠と関連付けるように訓練する(刺激制御)、睡眠を試みる際にリラックス状態を作り出す(リラクゼーション療法)、睡眠機会を制御された制限を行って睡眠効率を向上させる(制限療法)、睡眠に関する否定的な思考パターンに挑戦する(認知療法)が含まれます。これらの療法は、訓練された臨床医やメンタルヘルス専門家が臨床環境で実施できます。CBT-IとBBT-Iに加えて、推奨される非薬理学的介入には、ライフスタイル戦略の改善や睡眠衛生の向上が含まれます。ライフスタイル戦略には、健康的な食事をすること、適切に運動すること、アルコールとカフェインの摂取を制限することが含まれます​ 

以下のような習慣や行動が不眠症のリスクを高めたり、症状を悪化させたりすることが知られています:

  1. 不規則な睡眠スケジュール:毎日同じ時刻に就寝し、起床することで体内時計を整え、より良い睡眠を促進することができます。
  2. カフェインやアルコールの過剰摂取:特に就寝前のカフェインやアルコールの摂取は、睡眠の質を低下させる可能性があります。
  3. ベッドでのスマートフォンタブレットの使用:ブルーライトメラトニンの生成を抑制し、睡眠を妨げる可能性があります。
  4. 運動不足:定期的な運動は睡眠の質を改善することが知られていますが、就寝直前の激しい運動は避けるべきです。
  5. ストレスや不安:心配事やストレスは、心と体をリラックスさせ、睡眠を妨げる主な原因です。
  6. 不適切な睡眠環境:騒音が多い、明るすぎる、温度が不適切な部屋では、質の良い睡眠を取りにくくなります。

これらの習慣や行動を改善することで、睡眠の質を向上させ、不眠症のリスクを減らすことができます。

一方で

睡眠を促進する習慣や行動には以下のようなものがあります:

  1. 良好な睡眠衛生の実践:静かで快適な睡眠環境を作り、一貫した就寝ルーチンを確立します。部屋を暗く、静かで涼しい状態に保つことが推奨されます。

  2. 健康的なライフスタイルの維持:バランスの取れた食事、十分な運動、アルコールやカフェインの摂取を控えることが含まれます。

  3. 刺激制御:ベッドを睡眠と関連付けるようにし、ベッドを仕事や娯楽の場として使用しないようにします。

  4. ラクゼーション療法:就寝前にリラックスを促進する習慣や行動を取り入れることが推奨されます。深呼吸、瞑想、筋肉のリラクゼーション技法などがあります。

  5. 睡眠機会の制限(制限療法):ベッドにいる時間を実際に眠れる時間に限定し、睡眠効率を向上させます。

  6. 認知療法:睡眠に関する否定的な思考や期待を挑戦し、より現実的で肯定的な考え方に置き換えることが推奨されます​ 

これらの習慣を実践することで、より質の高い睡眠を促進し、不眠症のリスクを低減することができます。

 
 
 
 
 
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音楽がストレスや免疫機能に関係する

音楽が免疫システムに及ぼす影響についての詳細は、音楽が心理的ストレスを軽減し、結果として心血管系と内分泌系へのストレス反応を減少させる方法に関連しています。音楽は心拍数、呼吸率、発汗などの自律神経系を変化させることが示されています。多くの人々が音楽を用いて身体的および心理的バランスを達成し、ストレスを軽減するライフスタイルの選択は、病気に対して非常に保護的であると考えられています。心理的ストレスは、新たな病原体に対する防御力の弱体化や全身の炎症の増加につながる可能性があります。炎症は局所的な保護反応ですが、正確に調整および規制される必要があります。ストレスが疾患と免疫応答に関連する疾患の前駆体となることがあり、ストレスの多い状況への曝露が増加すると、精神的および身体的障害のリスクも高まります。また、音楽が自律神経系に及ぼす影響について、音楽は自律神経系のバランスに影響を与えることが示されています。具体的には、音楽は心拍数、呼吸率、血圧など、自律神経系によって制御される身体の機能に影響を及ぼすことがあります。リラクゼーションを促す音楽を聴くことは、副交感神経系の活動を高め、交感神経系の活動を低下させることができ、これによりリラックス状態を促進し、ストレス反応を抑制する効果があると考えられています。

音楽が心理的ストレス反応を抑制する可能性については、音楽が心拍数、血圧、コルチゾールレベルの低下をもたらすことが示されています。これらはすべてストレス反応と関連しており、音楽がこれらの生理的指標を減少させることによって、ストレス反応を抑制する可能性があることを示唆しています。したがって、音楽を聴くことは、ストレスや不安を経験している人々にとって有効な対処戦略であると考えられます。

ただし、音楽が各個人に与える影響は異なるため、一部の人々にとっては非常にリラックスするものであっても、他の人々にはそれほど効果的でないかもしれません。したがって、個々の好みや反応を考慮して、最も効果的な音楽や音楽聴取方法を見つけることが重要です。

個々の音楽の選択は、個人がリラックス感を感じるか、あるいは特定の感情を引き出すかによって異なります。例えば、一部の人々はクラシック音楽や自然の音がリラックスすると感じるかもしれませんが、他の人々はジャズ、エレクトロニック、または彼らの好きなポップソングを好むかもしれません。重要なのは、個々のニーズと好みに合わせて音楽を選択し、それが自分にとって最もリラックスできる体験を提供するかどうかを確認することです。

 
 
 
 

プシコバイオティクス(Psychobiotics)

プシコバイオティクスは、2013年に提案された、精神障害、特にうつ病を含む精神疾患に苦しむ人々に利益をもたらすことができるプロバイオティクスの一種です。プシコバイオティクスは、腸内微生物によって有益な物質に変換される能力を持つ、適切な量の有益な細菌を含むプロバイオティクスとプレバイオティクスを主に含みます。

うつ状態のマイクロバイオームは、うつ病患者における腸内細菌叢の異常な構成を指します。多くの臨床研究では、うつ病患者の腸内細菌叢の構成が健康な対照群と比較して異常であることが報告されています。これらの研究は、脳腸微生物軸がうつ病において重要な役割を果たしていることを示唆しています。うつ病患者では、腸内細菌叢の不均衡が、脳由来神経栄養因子(BDNF)の減少と関連しており、Faecalibacteriumの減少が臨床的なうつ病スコアと関連していることが見出されています。このような腸内細菌叢の異常は、うつ病の重症度に寄与している可能性があります。また、うつ病患者における腸内細菌叢と代謝物の変化は、うつ病の生物学的マーカーとなる可能性があります。例えば、Blautia sp. Marseille-P2398、Blautia wexlerae、Ruminococcus sp. 5_1_39BFAA、Oscillibacter sp. ER4、リン酸、L-ホモセリンなどが、うつ病患者の腸内細菌叢と代謝物の変化として特定されています。

プロバイオティクスは、適切な量で摂取された場合に宿主に健康上の利益をもたらす生きた微生物です。最もよく知られているプロバイオティクスには、ラクトバチルス属(Lactobacillus)とビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)があります。

プレバイオティクスは、有益な腸内細菌の成長や活動を促進する物質で、通常、食物繊維やオリゴ糖などがこれに該当します。これらは腸内のプロバイオティクスの成長を促すことで、腸内フローラの健康をサポートし、全体的な健康に貢献します。

これらは、脳腸微生物軸に沿って、腸内細菌と脳の間の信号を標的とし、腸神経系(ENS)や迷走神経、免疫シグナルなど、複数の経路と神経信号ネットワークを介して機能する可能性があります。プシコバイオティクスは、十分な量を摂取することで精神疾患を患っている患者に健康上の利益をもたらす生きた微生物と定義されています。研究は、特定のプロバイオティクス株がうつ病と不安の症状を減少させること、その効果はセロトニンやGABAの合成への影響、炎症性サイトカインの調整、またはHPA軸を通じたストレス反応への影響を通じてもたらされる可能性があることを示唆しています。

腸脳軸を標的としたうつ病治療法は、腸内フローラとその代謝物、神経活動、および免疫応答との相互作用を改善または修正することを目的としています。具体的な治療法としては以下が挙げられます:

  1. Fecal Microbiota Transplantation (FMT): これは、うつ状態のマイクロバイオームを持つ個体から健康な個体へと腸内フローラを移植することによって、うつ病の症状を改善しようとするものです。FMTは、うつ病の患者における腸内フローラの異常を正すことができ、それによってうつ病の症状を緩和する可能性が示唆されています。

  2. 食事: 健康的な食事は、腸内フローラに良い影響を与え、その結果として腸脳軸を通じたうつ病の症状の改善につながることが示されています。特に、発酵食品や食物繊維が豊富な食事は、有益な腸内細菌の成長を促し、炎症を減少させることができます。

  3. プシコバイオティクス: プロバイオティクスやプレバイオティクスを含む食品やサプリメントは、腸内フローラを改善し、うつ病の症状を軽減する効果があることが示されています。これらは、腸内細菌と脳の間の相互作用を正常化し、うつ病に関連する炎症や免疫応答を修正することができます。

  4. 抗うつ薬: 従来の抗うつ薬も腸脳軸に影響を与える可能性があります。腸内フローラの組成や代謝物の変化を通じて、これらの薬剤はうつ病に対する治療効果を発揮する可能性があります。

これらの治療法は、腸内フローラの健康を改善し、腸脳軸の機能を正常化することにより、うつ病の症状を緩和または予防することを目的としています。

 
 

 

腸脳相関と精神障害

最近の研究で、ストレス、出生モード、プロバイオティクスの使用、生活習慣、食事など多くの因子が腸内フローラに影響を与え、それが脳機能に影響を及ぼす可能性が示唆されています。また、腸内フローラ(腸内細菌叢)の変化がうつ病統合失調症双極性障害自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動性障害など、多くの神経精神医学的障害の発症に関連していることが指摘されています。この相互作用は、代謝的、内分泌的、神経的、免疫学的経路を通じて行われているとされています。したがって、腸内フローラを適切に保つことによって、これら精神障害が予防できる可能性もあります。

腸内フローラを良好な状態に保つためには、いくつかの方法があります。これには食事、プロバイオティクスの摂取、ストレスの管理、十分な睡眠、適度な運動などが含まれます。

  1. 食事: 健康な腸内フローラを維持するためには、食物繊維が豊富な食品を多く摂取することが重要です。全粒穀物、野菜、果物、豆類などが良い例です。これらの食品は、有益な腸内細菌の栄養源となり、その成長を促します。

  2. プロバイオティクス: プロバイオティクスは、健康な腸内フローラをサポートする生きた細菌です。ヨーグルト、ケフィア、キムチ、納豆などの発酵食品に含まれています。また、プロバイオティクスサプリメントを摂取することも有効です。

  3. ストレスの管理: 長期的なストレスは腸内フローラのバランスを崩すことが知られています。深呼吸などのリラクゼーション技法、適度な運動、十分な睡眠、趣味や社交活動によってストレスレベルを管理しましょう。

  4. 十分な睡眠: 良質な睡眠は、腸の健康を保つためにも重要です。成人では、一晩に7〜9時間の睡眠が推奨されています。

  5. 適度な運動: 定期的な運動は、腸の動きを促進し、腸内環境を改善するのに役立ちます。運動はまた、ストレスレベルを下げ、全体的な健康状態を向上させることができます。一般的には、成人に推奨される運動量は、週に少なくとも150分の中程度の強度の有酸素運動、または75分の高強度の有酸素運動、あるいはこれらの組み合わせが挙げられます。これに加えて、週に2日以上の筋力トレーニングも推奨されています。

これらの方法を組み合わせることで、腸内フローラを健康な状態に保つことができます。​ 腸内フローラを健康に保つような生活習慣を身につけることで精神障害も予防できる可能性があります。

生活習慣病の予防①生活習慣と精神疾患の予防

生活習慣によって引き起こされる疾患には心血管疾患、がん、糖尿病などの慢性病をはじめ、精神疾患に至るまで幅広く、存在します。逆に言うと、適切な生活習慣によって、予防できる疾患も多いということになります。では、適切な生活習慣とはどのようなものでしょうか?もちろん、個人差もあるので、一律には論じられない部分もありますが、ここでは一般的な話をしていきます。まず、生活習慣と精神疾患の予防について考えていきたいと思います。最近の研究によると、最適なケアやサービスでも精神障害の負担を30%未満しか減らせないことを指摘し、予防戦略と政策による発生率の削減の必要性を強調しています。さまざまな設定や人生の段階における予防の機会が探求され、特に早期の子育て、職場での健康管理、食生活の改善などが有効な対策として挙げられています。

精神障害の予防に有効な対策は以下の通りです:

  1. 早期介入: 生活初期の介入は、後の人生での精神健康と幸福に重要な役割を果たす。早期教育、子育てのサポート、妊娠期の健康な生活習慣の促進が含まれます。これらの段階での介入は、子どもたちの発達と将来の精神健康に重要な基盤を築くとされています。
  2. 職場での健康管理: 大人の大多数が労働力に属しているため、職場でのメンタルヘルスの改善とウェルビーイングの促進が重要。特に認知行動療法に基づく介入が効果的とされてます。
  3. 食生活の改善: 不健康な食生活は精神障害のリスクファクターであり、健康的な食生活は保護的に働きます。食環境の改善に向けた政策的なアクションが求められます。

また、ストレス管理技術には、深呼吸、瞑想、マインドフルネス、運動、十分な睡眠の確保、健康的な食生活、時間管理、ポジティブな自己語り、趣味や興味を持つ活動への参加などがあります。これらの技術は個人のストレスレベルを低減し、全体的なメンタルヘルスを改善するのに役立ちます。

19世紀末の鉱山の労働と健康⑤生野鉱山の鉱夫共済組合病院

1890年、明治政府は鉱業条例を制定し、鉱夫が就業中に負傷した場合の救済を決めているが、業務上の疾病に対しての救済は1906年の鉱業法を待たなければならなかった。しかし、これもまだ、不十分なもので、友子同盟のような江戸時代からの労働者自身による全国的な共済組織が広がっていくことになる。このような共済組合として、生野銀山では日本で最初の鉱夫共済組合病院が創立される。これには、工学博士大島道太郎と前述の佐藤英太郎医師が関係している。佐藤が鉱夫共済組合について次のように報告している。「 世ノ政治家論客口ヲ開ケハ日ク我邦ヲシテ工業國 タラシメザルベカラズ日殖産興業ヲ希図セザルベカラスト、凡ソ是等ノ声ハ全国 何レノ地トシテ聞ヵ ザルナク世 運ハ駸駸トシテ此方向二進ミツツアリ、然ルニ之レガ原動力タル下層職工ノ保護問題二至リテハ関トシテ之 レヲ説クモノアルヲ聞ヵス、近来各地二於テ同盟罷工等嫌フヘキ忌ムヘキ挙動ノ現出スルニ 及ヒ漸ク此問題ノ研究ヲ忽ニスヘカラサルノ観念ヲ惹キ起シタルカ如シ・・・」つまり、殖産興業を進めるにはその原動力たる労働者の保が必要であると言っている。さらに、職工を安心立命させるには傷病保険が一番であると言っている。佐藤英太郎は明治23年 (1890) 以来, 生野鉱山の傭医であ ったが, 生野鉱山の鑽夫共済組 合 は,明治25年 (1892) 1 月に宮内省御料局生野支庁の技長であった大島道太郎が提案したと書いている。大島は留学中にビスマルクの社会政策にふれていた。 ビスマルクの政策は①一般的な国家の利益を調和し得る限り,生産, 交通, 価格の諸事情の変化に伴って正当性を持つようになった労働者 の希望を立法で迎えてやること, ②国 家を危険におとしいれる煽動に対して、禁止および刑罰の法規によってこれを防止するというように、「 飴と鞭」を利用するものであった。ビスマルクの社会政策 は上記 の方針に従って、1878年社会主義者取締法と、1883年の世界に先がける疾病保険と、1889年の老廃疾保険によって実施されたのであった。このうち疾病保険の強制被保険者は農業 , 運輸業を除いた主要な鉱工業の労働者と職員で, 保険の負担の3 分の 2 が労働者、3 分の1 が雇主の負担であった。 この保険 の担当者としては、 既存の各種経済金庫を利用し, 市町村のよる地区疾病金庫と工場ないし、経営疾病金庫がその中心となって担当した。大島はこのドイツの疾病保険を参考にしてわが国最初の共済組合を案出し, 表面は鉱夫の惣代から組合の実施を請い、同時に補助を仰ぎたいという嘆願書を出させ、その後で1892年1 月から御料局生野支庁共済組合の名称で事業をはじめ、 事務員 3 名, 医員 2 名をおいた。この共済組合の規約をつくるにあたって、佐藤もこれに関与した。佐藤英太郎は, はじめ自宅診療所で一般開業医のように組合員である職夫の病傷者を診療し、その治療費を毎月組合事務所に請求していたが、組合が大きくなるに連れ、不便になってきたので、1893年10月 1 日から 生野鉱山の旧お雇外国人の官宅であった家に診療所を設け、医員と調剤員を増員し、薬品や器械を購入して病院的な組織にして、佐藤が医務所長として専ら診療に従事し薬品その他治療上必要な諸物品は全て組合会計員が購入支給 することにして, この共済組合は次第に発展してきた。1896年に生野銀山が三菱合資会社に払い下げられた後も、宮内省からは、組合を十分保護して永遠に維持するという条件がつけられていたので、三菱もこれを引き継ぐ形となった。三菱はこの後、共済組合を発展させて、1897年、共済組合病院を建設した。佐藤は病院長に就任した。共済組合では組合員を、常雇と臨時雇いに分け、前者については業務上だけではなく、一般の傷病、妻子の傷病まで治療している。さらに災害時の扶助まで行っていて、現在で言う、健康保険と労災保険を一緒にしたような制度であった。当時、日本で最大の足尾銅山の共済制度よりも生野鉱山の共済組合が進んでいたのは, 出発が国営企業であったこと、また大島道太郎や佐藤英太郎のように先見性のある人物に恵まれたことが大きいであろう。

19世紀末の鉱山の労働と健康④生野銀山の塵埃吸引病、鉱夫肺病ー佐藤英太郎の「鉱夫肺病」

1890年、先に触れた坪井次郎の教え子であった、生野の開業医、佐藤英太郎は「鉱夫肺病に就いて」という論文を発表している。その中で「 恩師坪井助教授 八 奥羽地方 山衛生的要 件 二就テ研究セラ レ其報告ヲ束京医学会二於テ演 説 シ鑽山 疾病トシテ外傷窒息 塵埃吸 入病 ヲ 挙 ケラ レタリ余亦近来宮内省御料局管理ダ ル 生野 廣山 医務 二従事 シ聊ヵ得 ル処 ナキニアラ ス、依 テ先 ツ 塵埃吸 入病 二 就キ論述 シ漸次他二論及セント ス」といっている。そして、 坑業二関 シテ頗 ル熟練 ヲ以 テ称 セルモ ノ十中 八九 ハ俗間二所謂煙毒二罹り三十歳以内ヲ以 テ鬼籍二上 り天寿ヲ全フスル実二寥 々タリ シ毒 トハ何ソ ヤ 塵埃吸 入(殊二石粉) ニ因 ス ル 呼吸器疾患、即チツエンケル
氏 肺病二外 ナ ラサ ルナリ」 と書 いて いる。ツエ ンケル氏肺 病 というのは F . A . Zenk erの「 肺の塵埃吸 入病」の論 文を意味 している。また、9歳から生野で50年仕事をした鉱夫や当地の各医師に聞いて、次のような症状を記している。「 今其症状ヲ略述 スレハ始メ 感冒様ノ感覚アリテ、咳嗽頻発シ荏再止マス、全身次第二衰弱 シ、呼吸促追盗汗頻リニ至り、 或ハ喀血 ヲ来シ、終ニハ全身浮腫シー年乃至一年半ヲ經テ、黄土二帰ス試ミニ初期喀痰ヲ取り日光二乾ヵシ指間二夾ミ軽磨スルトキハ砂ノ 積存セルヲ認ムト云フ坑夫自己に於テモ、之レニ罹 ルトキハ到底治癒 ノ望 ミヲ絶 チ多年ノ苦患ヲ免 レン為メ、自ラ阿片ノ大量ヲ服シ自殺スルニ至 ルト云フ、又坑外二 於テ冶金ノ業ヲ取ルモノハ往々前述 ノ疾患ヲ犯 スモ多クハ下脚麻痺二陥 ルト云フ、是レ蓋シ製錬ノ爲メ飛散スル鉛気ヲ吸入シ鉛毒麻痺ヲ来タセシニアラサルカ余ハ実験セサルヲ以テ茲二断言スルヲ得ス」 聞 いた話も付け加えて書 いて いるわ け で あ る 。
ところが明治以来鉱業技術 は長足の進歩をし,「 坑道ノ如キモ鉄路縦横牛馬列車 ヲ牽テ出入シ、処々ニ換気口ヲ設クルヲ以、 坑夫社会二於テ本病二罹 ルモノ絶 テナシト云 フ可キナリ余ハ開業後 僅ヵ二名ヲ実験セシノミ (但 シー 名八古式 鉱業ヲ採シモノ) 」 と書 いており、開業後は2名の鉱夫肺病を見ただけであり、鉱業技術の進歩改良によるものだとして、近代化の成果とも言えるような記載が見られる。さらに、この論文中、1例の鉱夫肺病の症例報告もおこない、衛生工学の必要性を説いている。

 佐藤は1892年、「坑夫社会ノ所謂煙毒二就テ」という論文を発表している。この中で自験例として、「鉱夫肺病に就いて」で示した例と、続発性結核でなくなった1例を報告し「以上ノ二患者ノ病歴二依り見レハ古来俗間二所謂煙毒即ハ一汎二塵埃吸入病ト称スベキ 疾患二外ナラズ、ツエンケル氏ハ塵埃吸入病二就キ、始メテ種々ノ記載ヲナ セリ」とまとめ、煙毒と言われていたものは、塵埃吸引病、今で言う、じん肺であるといっている。また、20年、30年と坑夫として従事していると、続発症、合併症で不幸の転帰を取ることが多いと書いている。これらは現在のじん肺の定義とほぼ一致している。剖検の必要性も強調している。最後に他鉱山の鉱山医に鉱夫肺病の予防を呼びかけている。 「坑業二関シテハ長足ノ進歩ヲナシ 換気充分亦本患者ヲ出スニ至ラス、唯搗鉱処(とうこうば、低品位の鉱石を粉砕し、水銀によって金を回収する施設)二於ハ漸次本患者ノ多数ヲ出スカ如キ状アリシモ、我鉱山二於テ昨年末以降、水搗法 (水ヲ混シテ搗砕ス)ヲ行フヲ以テ、最早吾人ノ憂慮ヲ求ムルヲ要セズ日下鎮業 旺盛ナルノ今日豈吾 生 野鎮山 ノミナランヤ、全国尚ホ 乾搗ヲ行フノ地 、鮮少二アラザルベ シ俯シテ望ムラクハ、是等ノ鉱山医タ ルノ諸君一片ノ観念ヲ垂レ本症ノ研究アリテ防禦ノ策ヲ講 セラレンコトヲ」つまり、十分な換気と湿潤化でじん肺患者を減らせたので、他の鉱山医にもこういった対策をするように呼びかけているのである。そして、これらの対策は現代においても粉塵作業場において基本的な作業環境対策となっている。